【 マーケットの向こう側 】vol.7 フードシェッド井戸端会議

 

“ NARAFOODSHEDと五ふしの草の共同制作で連載 ”

 

食べることを深く知り、考えるため
作り手や届け手、食べ手の思いを訊く

街のファーマーズマーケットに関わる人々を
“水を運ぶ者(裏方スタッフ)”がガイド的に寄稿するルポルタージュ
「マーケットの向こう側」

小さな農を土台とした地域循環の中で、
マーケット内外の農家さんや八百屋さん、料理人や裏方、お客さんたちの
人生にフォーカスし、作り手、繋ぎ手、食べ手の奥行きに触れる媒体です。

お互いの垣根を越えるきっかけになれば嬉しいです。

/ 文・編集 : 船尾佳代  榊原一憲

/ 写真 : 中部里保

 


 

 

今回は趣向を変えて、座談会形式です。
ある日、ある時の『 フードシェッド井戸端会議 』

ちょっと古い録音になるので、今と違うところも出てきていますが、
いつもの話し合いと本質的には同じなのと、大切なことも含まれているかもしれないと思うので共有させていただきます。

本質的というのは、政治や経済とか企業の効率とか利便性という「大きな物語」に
私たちの暮らしが否応なく取り込まれていく中で、
自分たちやコミュニティにできる「大きな物語」への対峙の仕方。
多様性を守るために、なんとか取り込まれないように、
土と共に生きる大切さ=「小さな物語」をどう知恵を出して、工夫して、人に伝えたり、街に繋げていけるか?というタスクのことです。
この日のテーマは、ファーマーズマーケットの世話人で奈良の底辺、五ふしの草・榊原の話をシェアし、フォードシェッドの方向性を確認することです。
参加者聞き手は、
Jack farmの後藤さん、Yanagimoto standの安川さん、裏方の船尾さん、somiの小國さんが集まりました。
何故八百屋の目と鼻の先に、
売り上げや集客という意味で、もろに首が締まっていくのが目に見えている
ファーマーズマーケットを生み出したのか?
何を信じて、それをわざわざ持続させているのか、、という「?」にもふれます。

 

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船尾   
今日は奈良フードシェッドファーマーズマーケットの世話人をしている五ふしの草の榊原さんに、マーケットについてお話を伺いたいと思いこの場を設けさせていただきました。榊原さん、五ふしの草を始められるまでの経緯など簡単に自己紹介をお願いします。

榊原   もともと大阪と東京で技術スタッフとして主にドラマ制作に関わってました。その時にそばで嫁さんが老舗の有機八百屋グルッペで勤めてた影響で、自然農の川口さんに師事するために奈良に移住。研修と自分でも畑をした後にオーガニック業界を変えなあかんな、って思ってあえて八百屋を始めました。4人の父。3人目は自宅出産です。

安川   奈良への移住はいつなんですか。

榊原   22、3年前か、、この店が17年目です。

後藤   映像からなんで農に?


榊原 
 映像は楽しかったけど過酷。でもこのままこの業界でいい仕事やっていけるなって感じではあったんですけど。畑や八百屋にいってるうちの奥さんが過酷と反対。やたら楽しそうで。で、八百屋さんや農家さんの話を聞かせてもらったり、玄米弁当食べさせてもらったりして、体質も思考も変わっていきました。それに農の世界の人たちって、みんなかっこいいんですよね。環境問題のこととか政治、原発、労働と雇用のこととか、しっかり深く見て喋れるし。農業も少しは前から興味あったけど。そのことより世界的な戦争とかいろんな格差、貧困とかのことも考えてはるし。でも川口さんの本に出会ったのが一番大きい。哲学ですね。「自ずから然らしむ」。内容は真理ばっかりです。自然の摂理、人と自然の関係を学びたいなと。

小國 
有機農業変えたいって思ったのは、有機農業界をそのときどんなふうに見てですか?どう変えたいと思わはったんですか?

榊原 
畑借りるために、すごいと言われている人とか 慣行、有機、自然農で新聞に載ってるおっちゃん見つけたりして畑に行きました。自然農の人らのとこに行くと、これってご飯どうやって食べてるんやろうみたいな状態が多い。当時は食べ物の世界で何が起きてんの?って思って。農業のこと知れば知るほどいろいろあかんやんって思って。自給率も低いし、農業を生業にしていく人も少ないし。でも畑したいってなって畑借りようと思っても畑すら借りられへんかったり、借りるのも一苦労やし、借りれてもいろいろ障害があるんで。そういういろんなものを
1個ずつ見ちゃった。知っちゃった。

小國 
やっぱり有機で農業やってると作物って生活していくのに十分がとれないんですか?

榊原 
できてるところにも行ったりはしましたけど。そこは世襲、地主であったり、既得権をもってたり。
一通り一個ずついろんなサイズを見ました。八百屋とか流通も京都とか東京とか何件も見に行きましたし、社長さんとか農家さん、いろんな人に話を聞いたりもして、だんだん全体像が見えてきたんですよね。この業種で1次産業で環境保全型でやってる人たち、生きてる人たちの全体像が。それで、どないなってんねん。こんなん(持続不可能で)あかんやんみたいになって、何かできるんちゃうかって思って何故か流通業を始めました。でも間違ってましたね。結果的に。

 

自分のことを後回しにする人が少なすぎる

 

後藤 でも農業者にならず八百屋を選んだのはなぜですか?


榊原 
簡単に言うともともと個人的なことにはあまり興味がなくて。自分がしたいことをやるっていうのもあんま好きじゃないんですよ。ひねくれてる。自分の一つの畑で自分の理想を実現するんじゃなくて、そういう人がいっぱい増えたり、そういう人がちゃんとやっていけるような状態を作る。その後に自分がやりたいことをやらないとっていう思いがある。(みんなの幸せがなければ自分の幸せもない)ガンジーの哲学じゃないけど。みんなの幸せと自分の幸せ、どっちも大事です。自分の見た限りでは、自分の幸せとか自分がやりたいことばっかりを追求する人が多かったから。自分のことを後回しにする人が少なすぎると。世界は人がやりたくなるようなことと人がやりたくないことでできている。だからそういう利他的な人もいないといけないなって。でもそれは間違ってたと思う。

船尾 
でもそれが榊原さんがやりたいことだったんではないんですか?

榊原 
後から見たそうかもしれない。苦労したり辛抱するとか、苦しむとかとか好きなんか。農家と一緒に悶えるのも
(笑)

小國 
ちょっとわかる気がします(笑)

榊原 
楽しいことも大事ですよ。でも逆も大事。

後藤 
最近の一番苦しかったのはなんですか?

榊原 
パタゴニアとのプロジェクトですね。大変でした。(土台づくりの)手数がかなり多くて。みんなが(スタッフや農家が)合流してくれたのは結構、最終局面だったから。足かけ
10年以上の仕事だったから。八百屋スタッフ間でも1年ぐらいずっと何も動かへん時期もあって、一応、動き出すかも動き出すかもで。でも最終すごいよかったですよね。約1年間10本近くの企画、(マーケット、トーク、畑ツアーが)協働でできた。イベント自体やってるときはすごい良かった。

船尾 
世の中に足りてないものとか、世の中に何かおかしいなと思ってることを変えなければっていう使命感みたいな感じなんですか?

榊原 
若いときはそうやったですね。

船尾 
農業系のことに入りはったきっかけは使命感?

榊原 
そうですね。正義感かもですね。
そうじゃなかったらあかんのちゃうか、心ある農家が売る場所がなかったら後の人が困るんちゃうかとか。だから自給率の問題とか、その作り手がいなくなるとか、最近ほんまにリアルです。こんなに野菜作る人っていなくなるんやなって実感してしてる。今まではそういうのわかってても「ほんまなん?」みないみたいな感じでしたけど、最近はほんまにその危機が身近に来てるなって思います。今は別にどっちでもいいって言ったら言い方悪いですけど、なるようになるとは思ってるんです。

 

 

船尾 奈良フードシェッドファーマーズマーケットで言うとどうなりますか?


榊原 
マーケットに昔出てくれていた米澤農園さんとか中堅の農家さんがマーケットに来れなくなってる。また出てほしいと思ってるけど、今呼び戻されへんかったら戻ってこれないんじゃないかな。八百屋も農家も孤立はよくない。地域のお客さんの取り合いにもなりたくない。(マーケット以外で)中堅農家さんはしっかりある程度の形で出荷して売り上げへんかったら困るし、僕も中堅農家が欠けたらやる気でない。この店が経営的に無理になってしまったら中堅農家さんも、共産党系補助金系の直売所、ビジネス重視の自然派系流通に依存するしかないし、CSAとかマーケットとかも(農が中心やから)(その依存の構造が長く続いてきて)そろそろ最終局面になってきています。今後どういう風になっていくのか、、、今の形って奇跡なんです。裏方も「人のことやろう」ってがんばってくれる人が集まってくれてて、自分の役割も奇跡で当たり前じゃなくて、そもそも裏方が地域にいてくれてるのも当たり前じゃなくて。今日だって時間割いてみなさん集まってくださってるのも当たり前じゃない。この八百屋自体も当たり前じゃなくて、マーケットも当たり前じゃない状態で。全部当たり前じゃない状態で来てて。何かよくわからない特別な力に導かれながら、マーケットの向こう側っていう取材企画とかCSACommunity Supported Agriculture/地域支援型農業)とかもできてて。すごいことで、どれか一つでも欠けたら崩れるんです。

小國 
そもそも奈良フードシェッドのファーマーズマーケットとファームスタンドとしての五ふしの草。それとファームシェアとしての
CSAは互いに関係しあってる三本柱っていうことですよね。その三本柱を始めはった思いを教えてください。

榊原 
偶然です。まずファームスタンド(=八百屋)が最初で。やっぱり拠点がないといけないから五ふしの草という八百屋を作りました。その一年後にマーケット始めた。例えばマーケットやってて、ここでみんな
1日売ってるけど、1か月のうちのあとの29日、30日はヒトモノコトの動き、繋がりの中でないよねってなったから、農家さんの野菜をセットにして、地域が農業を支えるCSAを始めました。

船尾 
マーケットを始めるきっかけは?

榊原 
最初はマーケットしようと思ってなかったんです。近所の商店街のおばちゃんが来て、奈良県の補助事業の直売所をやる人応援するっていうのを教えてくれて。最初、意味わからなかったんですけど、当時は直売所が県外にいっぱい出てきて、ブームですよね、奈良も
って感じやったんでしょうね。それで直売所じゃないけど僕はファーマーズマーケットをやりたいって申請しました。たまたまその担当者の人が面白いからやってみようかってなってくれて、それが始まりです。最初は奈良オーガニックマーケットっていう名前でしたけど。今は奈良市の後援をいただいています。マーケット始めて一年後に3.11で。農家さんから野菜集めて、マーケットで募金していただいたお金で東北に支援に行きました。ファーズマーケットっていうただの売り場ではなくて、なにかあったときに団結して動けるコミュニティの大切さと無限の威力を実感しましたね。

船尾 
確かに。当時はマーケットにはそういう面があるっていうのは意外でしたけど、今は然るべき役割やと思います。

榊原 
それからいろいろありました。全部いい勉強させてもらってますけどね。お客さんにただ買い物だけして帰るっていうような場所にしたくないとか、農家さんにもただ売って帰る場所にしたくない。農家さん同士協力してもらえるようにしたいなとか思ってきました。普通はこんな面倒くさいことはしないんでしょうけど。自分は本当にそうせなあかんなと思ってやってきました。ひとつの農家さんに人気が集中するのとかもいいと思っていなくて。異様に一件の農家さんに集中することがあるんです。クオリティの高さとか精度の高さとか明らかに違うとやっぱり異様に集中しちゃうんですよね。業者さんとか飲食店さんも「その人だけのものを」買いに来たり。一本釣り好きな人多いから。でも僕は全体見なあかん立場で、ブームや光り輝く人気の陰、裏でどんどん消耗してる農家さんが出てきてしまって、、消耗と人気という相反する状態がマーケットってできるんです。社会と同じ。それも慣れて平気でいられるように僕らはなる。農家さんでもこんなにも差がでるんやってマーケットやってわかりましたね。どうしたらいいのか自分でも答え出ないですけど。格差って絶対に人の営みで出てくるものですけど、その格差を見て「そんなん知らん、弱肉強食や自然淘汰や」でいくのか、「みんながどうやったら幸せになるんかなって考える」のかは全然違いますよね。こんなことやってると、「榊原さんはみんなのことやってるけど、誰もそんな求めてません。自分の店だけをもっとしっかりやったらどうですか?」とか言われますけどね。まあその通りなんですけど(笑)

小國 
ほっとけないんですよね。

榊原 
一番大事なのはそんな差を吹き飛ばすぐらいの循環ができたり、みんなのしっかりした何か売れる形をつくることなんです。1農家のブレイクスルーなんてどうでもいい。でも奈良のオーガニックの世界が狭いんですよ。お客さんという分母が小さい。だからもうすごい露骨に(売り上げに)差が出ちゃうんでですよね。マーケットでは誰かのところは売り切れるけど誰かのところはめちゃくちゃ余るっていうのを目の当たりにする。そういうのが嫌で、それで
CSAを作ったっていうところもあります。マーケットでは横の繋がりを大事にして参加してもらいながら、マーケットの日以外の普段はみんなの野菜をうちが買い取って野菜をセットにして、というかたち。それぞれの農家さんのお客さんをひとつのテーブルに乗せてっていう状態。公共性というか。農家さんは農業一本で自分の身近な人だけに野菜を売って、というのでは歳もとるし持続的経営が厳しいから。今CSAはある程度の最低限のラインでドライブされてはいるんですけど、やっぱり地域の基本である中堅農家さんから仕入れている中で、さらに新しい農家さんが出てきたときにCSAにまだ今吸収できないんです。まだその力がなくて。一か月のうちのマーケット以外の日、29日、30日の買い物がみんな他所に分散しちゃってるんです。特定の誰かだけが儲かる自然派系宅配とかに。マーケット以外の日は普通のスーパーとかね。マーケット以外は農家さんのことは忘れて量販流通に依存しちゃう。コミュニティーは量販系が力を持つと支配されやすい。その蓄積では本当に次の世代が納得できるような、真っ当な地域の食糧システムを手繰り寄せられない。

小國 
みんな時間に追われる日常生活に戻っていく。マーケットは非日常を楽しむ場所として存在している、みたいな?

榊原 
そうですね。一過性だけ続いている。いつまでたっても自分たちがいいと思える、手応えのある経済圏とかお金の流れが日常に作れない。正直者も疲弊する。

小國 
榊原さんは上手くいってはる人とか人気のある人たちよりも、ちょっと取り残された人とか、何かそういう人たちのことがすごい気になるんですよね。

榊原 
そうですね、マーケットの最初のころの出店者さんの格差が強烈だったから。力を合わせないといけないのに潰し合う、売れる売れないの構造、この格差って何なんやろうって思ってました。うまくいってる人、才能があって能力があり飛び抜けたスターの人たちは、共産主義ほどでなく自分のことだけじゃなくて、みんなが対等にうまく循環できるように少しづつ力を発揮してくれたら一番いいんですけど。

小國 そうなってほしいですよね。


榊原 
でもそれは難しいでしょうね。みんなのことも考えてほしいけど、(ブレイクして)独り立ちしていってもらわないとというのもあるし。力って持つと惜しくなる。奈良フードシェッドファーマーズマーケットは割と本質思考やから(共存共栄的な)いろいろと面倒くさいこと言うじゃないですか。マルシェをしたいだけとは違うから、面倒くさいと思われて(ブレイクした人は)去っていく方もいてるし。僕らの目標とか目的というのは、やっぱり次の世代とか未来的なところなので。(閉ざれずにいつでも出入りできる)入口と出口の風通しはよくしときたいですね。

船尾 
マーケットには出てもらいたいけど、月1回ですしね。

榊原 
あ、でも前にわざわざ静岡から老舗の種屋さんが訪ねて来てくれたんですよ。めっちゃいいこと言ってくれて。大きい八百屋、野菜の流通、全部なくなる。ちっちゃい八百屋だけになる。って。でも自分もそれを思ってるんで。思ってるけどほかの人からこんなことはじめて言われた。農家も生産物がいないのに大きくやるのは無理でしょう。やっぱりある程度こじんまりしたミニマムなスタイルで農作物を扱って、近くの農家さんと協力しないと仕事として成立しない。歴史的にも世界的にもあって当たり前だったもの(農家の協力と小さな八百屋)が今後ないわけです。そう僕も思って粘って八百屋やってて、自分の頭がおかしいんちゃうかなってとこまで来たけど、今日種屋さんにそう言われたら、あ、やっぱりそうやんなって思えた。

安川 
何もなしに明日から好きなことしいいって言われたら何したいですか?ほんまにやりたいこと。

榊原 
うーん、大阪でもファーマーズマーケットしたいですね。それはやりたい。

小國 
マーケットを作ることが好きなんですか?

榊原 
いや、マーケット作るのは嫌いです(笑)

後藤 
その理由が聞きたい(笑)なのにマーケットしたいとか(笑)

榊原 八百屋やマーケットは目的にしたらあかんし、ただの手段。ちょっとズレるんですけど、
CSAのこと立ち上げるのってめっちゃ大変やったんですよ。何とか形にしましたけど気づいたときにはみんなも僕もボロボロで。でもすごいことしたっていう感覚はあって。それは奇跡やから大事に温めないといけなくて。それって自分の力を超えてることなんですよ。次にCSAやりたい人にうまく引き渡せるのか、幻になるのか。僕は基本的に手の届く範囲でちゃんとしたことをしたい。CSAに関してはもう自分の範疇を超えたものになってる。たとえこのCSAがうまくいかなくなっても後の人がしたいときの参考資料として残る。それはつまり礎です。大阪にファーマーズマーケットっていうのはあまり土的ないい礎がないから。やっぱり僕は礎あった方がいいなっていう。本当のマーケットが今の時点ではないんので。失敗でも何でもいいから1回やってみないとあかんなって。失敗しても次の人の一つの材料にはなるし。

 

 

 

気持ちが一つになって作れている

 

小國 その大阪のマーケットはどんなマーケットにしたいんですか?


榊原 
今、奈良フードシェッドファーマーズマーケットに出てくれている若手農家さん、卒業していった中堅ベテラン農家さんはじめ、大阪、京都、和歌山、関西の繋がりのある、そういう人らが年に間に
1回か2回顔合わせてお客さんと喋ったり、農家さん同士で久しぶりに話したり、お客さん同士で話したりできる場ですね。現実に地域で土に根ざして生きている人が出会える場面を作るのが八百屋の仕事って思ってます。それってでも大変なことやし、実はすごいことやから。無数にある繋がりとか縁を大事にしたい。昔そんなマーケットをやったんです。「森の集い」っていうイベントというか活動。その経験、参考資料は(意識の引き出しに)持ってるんで、次の精度は上がってくると思います。普段各地で農業してる人らが街に来て、そこでお客さん11人が何か食べてくれて、そういうものから発生する力を信じて。そこから農家さんの畑を見学しに行くことになったり、次のステップが生まれると思うので。その入口、窓口が必要やと思っています。

小國 
榊原さんとってマーケットっていうのは入口っていう位置づけなんですか?

榊原 
そうです。農とか土に根ざした生活の疑似体験としてマーケットがある。こないだのパタゴニアのマルシェでもそうなんですけど、窓口を作ってみたときに、自分でも思ってない風の吹き方とか、人の動き方があって、「やっぱり!」みたいな。「これ!」みたいなことがたくさんあった。これはもうちゃんともっと大きな流れにしたいって思いました。やっぱり小さすぎると弱い。季節によっていろんな違う人に出てもらったら都会の空気感も変わるし。東京に好きなルヴァンてパン屋さんがあるんですけど、東京とか街中で土臭いパン屋さんをやってはるんです。農に関心のある人たちはみんなが田舎暮らししたがるけど、それやったや現実の社会問題は解決しない、都会でも発信しないとって言ってはって。やっぱり田舎から都会に何かをもたらして、風を吹かせていかないといけない。

小國 
なるほど。

榊原 
映像の仕事してたときに、少ないけど何回かめちゃくちゃいいものができたりするんです。そういうのを体験したときに、すごいな、人の力は。って思ったんです。「気持ちが一つになって作れている!」っていうときがまれにある。だから
1人でやるっていうのはあんまり好きじゃない。みんなで作りたいっていうのはあります。そのときから僕の裏方道は始まってるんでしょうね。本物を見たい、本当のことを求める気持ちってずっとあって。辛い生き方をしてる人がいたとしてもそんな人が感動する、みたいな方向の世界に行きたい。やっぱり農家さんも大変やけど、どっかでスイッチ入ったり、回路を変えて、やり始めてどうやって維持して食っていくのかだけでなく、そっちにも力を貸してほしいみたいな、そういう分担、共有ってあちこちでなくなってるじゃないですか。やっぱりそういう願望があるんです。ちゃんとしたことができる可能性が人生にあるんやったらやる。でもどこかで本心は「なるようになればいいか。」と思ってるところもあります。

 

 

 

小國 マーケットは若い農家さんが挑戦する場所で、ファームシェア、CSAが中堅農家さんがマーケットを卒業した後に継続していくときの伴走というか、そういう役割にわかれてたんやなみたいな、そういうふうに考えてはってんなって初めて認識したんです。けど、それが今最終局面なんですか?


榊原 
乗り越えたいなと思ってて。うまい循環、調和が取れた形にならへんかなーと思いますけど。でもならないまま、調和が取れないまま進める限度ってあるなって最近思ってて。自分は時間かかるっていうのはわかってたし、とにかく“ 待つ ”っていうことでやってきたけど、(人生や物事の潮目には)待てる限度ってあるなって。マーケットに出てくれてる農家さんの生産物を全部、五ふしの草で取り扱いたいけど、五ふしの草に今は力がない。もうこれはいい加減にせなあかんなって思うし、そうじゃない考え方にならなあかん時期なのかなと思ったり。ファームシェアの中身が、いつか地域の近場の若い人と中堅とベテランが関われる形になって、それをマーケットに来てる人が食べてくれたらいいのになって思う。自分が八百屋としてそこのマージンを取らずに、生活できなくてもいいから、それがあってほしいなと思ってる。そこまで思ってるけど、それができへんねんやったら、どこかでやっぱり
1回全部作り変えなあかんという話ですね。 そういう意味でも冒頭で話したように、結果的には今までのやり方は間違ってた。

船尾 
マーケットも変化のタイミングなんですかね。

榊原 マーケットにしても
CSAにしても、自分としては「農業が地域にあって、お金っていうのを介在して、自分たちが知恵を出し合って循環する形を作る」っていうめちゃくちゃシンプルですっきりしてること。何もややこしさもない形やと思ってるんすけど。多分僕がややこしいんかな(笑)こっちがややこしいことを持ちかけてるだけなんかな(笑)まだうまく循環してないですね。

船尾 
CSAのこと周知できてないんじゃないんですかね?

榊原 
CSAのこと知ったとて、みなさん多分距離がありすぎるんじゃないですかね。すごい自分の中では当たり前のことで普通のことやねんけど、自分の持てる1万円、千円、お金という一票をどこに投票するのか。近場でがんばって、汗かいて、その次の世代のことも考えて、ずっとその土地を守ってくれて、安全に作ってくれる人。金儲けのために、地球のために大きくしない、地元の有機農家さんに投票したらいいやんって、僕それを当たり前と思ってるねんけど。それってめちゃくちゃ難しいことなんでしょうね。やっぱり安いものとか綺麗で手軽に買えるところ、大手の方へに流れちゃう。

船尾 
それはめっちゃ思います。自分がいただいたお金を次に誰に託すのか。どんなお金の流れを作るのかって。

榊原 
CSAじゃなくてもいいんですよ。みんなが協力した持続的な農業を支える形ができてほしい。でもないんですよ。みんなで頑張って積み重ねないとできません。例えばトマトで言ったら、平地で米澤農園のトマトがまず出てくる。次に高原で曽爾の畑のあかりのトマトが出てくる。そのあとに南山城村のハト畑のトマト。1件の農家さん1か月半でとしてこの3件で4ヶ月以上。なんて美しいバトンの受け渡しなんやろうと思う。でもそれって、僕がやってる年間の農作物の中でかなり稀有なんです。あるときはこのバトンリレーを何回かやったことあります。でもそれ以外のときにその生産力はこの地域にない。だから今は僕の裁量で心が通う範囲で、若手、中堅に、地元に力を入れてはいるけど、ベテラン、他府県にも助けてもらって形と地産地消を伸縮させるんです。ある時は濃密に近くの生産者のものが日頃食べれる。でも年間ずっとローカルを安定して街の人に届けられるかというと、全然できないんです。マーケットと地域の生産者は、食べ支えて、買い支えて、育てないと育たなくて。12ヶ月後のうちの半分も供給できる生産力がまだない。あとの半年は関西、近畿圏とか心が通う範囲に地産地消の距離を伸縮させてる。奈良近郊はもちろん地産地消、近畿でも地産地消、世界的にも国産も地産地消になるっていうこと。こんだけ異常気象があるとね。その伸縮は在来種とか自然農、農業全般の哲学がないとできないんです。今の時代、長続きできないけどネットでボタン押したら運んできてくれるし、直売所やったらきゅうり1パック100円で夏場売ってる。そんなところと対決しないといけないんですよ。うちはきゅうり1パック300円ですからね。

 

 

 

みんなで何かに辿り着くってことに憧れがあります



船尾 
基本は距離的に近い農家さん、心的に近い農家さんの野菜をセットにしてるってことですね。

榊原 
ただ自分はすごいまともやと思ってます。正しいとか正しくないとかじゃないですけど、ちゃんとしたことを普通にやるっていうのが、やっぱ難しい時代になかなか楽しいことやらしてもらってると。小さい国がありえない大国に挑むみたいな。前に種屋さんにも言われたけど。今は(その挑戦が)違うんやったら違う、で、それはそれでいい。見えてる精一杯のほうに行くだけ。何が変わるわけでもないかもしれないけど。こういう方法があって、こういう知恵もあって、みんなこれ楽しいしやれへん?いいよ?って言えたらと。ただみんないろいろあるじゃないですか。それは農家さんも同じやし、八百屋も同じやし、お客さんも同じやし。たまたまでもいいから何か些細なきっかけでうまく調和したらいいなとはずっと思ってる。もうマーケットだけが独立してマルシェって形で、単なるイベント、お楽しみでええやんってなったら話は早い。こうやって集まる必要もないし、農家さんがどういう思いで、どういう背景で農業してるかっていうのを裏方が取材したり発信したりする必要もない。ちゃんと伝える必要もない。マーケットの向こう側っていう企画は必要なくなっちゃう。でもほんまにそれでいいんか?って思うし。

船尾 
そんな奥行のないマーケットはいやですね。

後藤 
一個人商店としてされていることが計り知れないっていうか
多分他の地域だと大きい組織で動かしてるようなことを一個人で榊原さん個人が背負ってされてる。だから、多分奈良フードシェッドファーマーズマーケットに魅力を感じる。改めて思いました。

榊原 
一個人でやれることと、一隅を照らす、でもやっぱずっと憧れがあるんですよね。みんなで何かに辿り着くってことに憧れがあります。みんなで同じ釜の飯を食べ、一つのパンを分け合うようなそういう感じが好きで。最初に先輩の有機の八百屋さんたちに感じたその感覚が一番衝撃的でしたし、会社じゃなくて何でもいいんで。それに近い形として大阪で八百屋が集まって売るっていうレンバイやりました。レンバイもあんな流れになるなんてもともと全然思ってなかった。
ちゃんと仕事してたら、一番いいところに行くっていうのはやっぱある。だからマーケットもちゃんとした方に行くとは思ってるんです。例えば今僕が頭狂って、マーケット来月なしって言ったらそのインパクトってすごいじゃないですか。狭い世界ですし。それはいい教材になると思う。

安川 
変なフラグ立てんといてください(笑)

船尾 
マーケットはもがきながらも続けたいですよ。

後藤 
しみじみ正直、私はジャックファームとしてありがたい気持ち半分申し訳ない気持ち半分ありつつで。マーケットというものに今まで出てなくって、榊原さんからお声がけいただいて出るようになったんですけど、うちはその新規就農かつ旦那が外国人でお茶を栽培しているっていうところで、正直日本で国内ではもう絶対生きていけないんです。本当に海外向けに売らないと、うちは成り立たない。その中でやっぱりあのマーケットの場にいると、やっぱりインバウンドのお客様がおられて。正直、うちは小売りすると
7割以上が外国人です。国内ではもう需要がどんどん下がる一方で。本当にもうみなさんご家庭に急須を持ってらっしゃらないので。急須と使ってお茶を淹れる方法を知らない。まずお茶を飲まない。逆に外国で日本茶がめっちゃ売れてる。もし日本だけにお茶を売るとしたら日本の茶畑はなくなります。

榊原 
ほんまお茶は厳しいですよね。

後藤 
そうですね本当にもう新規就農しない方がいいと思っちゃう。食べていけない。

榊原 
もっと自然な形でこの土地で農業やってよかったなって思えるような売れ方をしてほしいと思うし、知ってる人同士のお客さんをシェアできてたらめちゃめちゃいいと思いません?それがないっていうのはいつもずっと問題なんです。結局そこに尽きるんです。それがあれば、スーパーとか直売所、お洒落ショップはあっていいんですけど、その代案が育たないんです。自分たちらしい売り方、伝え方、取り入れてもらい方がマーケットだけやったら限りがありすぎて、そのために八百屋ってあると思うんですけど。それはずっと考えてるんです。

後藤 
日本でのお茶の文化として日本の人にもっとお茶を知ってほしい。なので、私はもっと茶畑に来てほしいと思っていて、特にお子さんに来て欲しくて。飲む機会とか作っていきたいんですけど。マーケットに出させてもらって本当に毎月来てくださるお客様とか会えるようになったのがすごく嬉しいです。

榊原 
素晴らしくなると思いますよ。ほんまに気持ちが合えば。みんなの気持ちが合えば実のある形にどんどんなると思うんですけど。今みんなバラバラなんですよ。今のお話をちゃんとした形で伝えたいですね。マーケットがインバウンドって話出ましたけど、インバウンドなかったらマーケットは成立しなくなるんですよね。土地の人でずっとマーケットに来てくれてるっていう人はもちろんいてくださっています。そういう人たちが奈良フードシェッドに求めてることって進化やし。だから今のままではあかん、進化していかないとと思ってる。インバウンドってほんまもんじゃないじゃないですか。インバウンドじゃない状態を基準にしたいですよね。

小國 
社会全体の大きな流れとしては、今おっしゃったこととは逆?違う流れを感じますもんね。

榊原 
こういう仕事してる以上は、地に足ついた形で、できるだけ表現したいし。めっちゃシンプルなんですけどね。

小國 
国が結構有機農業を推してきてるじゃないですか。それをどんなふうに見てますか?

榊原 
無理かなと、物理的に見て。。でもちょっと本気やねんなっていうのは思います。企業がいろいろ参入して補助金がいっぱい入って。でも人口が減ってきてる中で企業が農業に参入して、
AIとか工場とかを使って有機の農作物を作るっていうのがどれくらい威力を発揮するのか読めない。無理やろと思ったけど、あるかもしれないし。遺伝子組み換えのこととか種のこととか企業がどれぐらい農作物に対して、日本の農地に対して本気になるのか、海外が参入して来るのか、日本の種屋さんがどうなるか。だからさっき種屋さんが言ったように、小さい八百屋は大丈夫ですよ、変なところはなくなるからって。すごいですよね。マーケットも変なのはなくなるんやろなとずっと思ってる。だからフードシェッドを変なマーケットにしたくないっていうのはある。

船尾 
それは私も思います。本質的なことをブレずに持っているマーケット。でも榊原さんにひとりで背負わないでほしいっていうか。榊原さんが思い描いてる奈良フードシェッドファーマーズマーケットの理想の姿ってどんなのですか?

 

 

 

ラストチャンスやと思ってます



榊原 
理想通りにならずにずっと途上でいいです。でも今は具体的にはみんなのものを
1ヶ所に集めるぐらいの、架空でも何でもいいから日常的なプラットホームが必要やと思っています。月に1回の非日常空間のマーケットが日常の一部にある。もっと日常的に使える場としてここ五ふしの草もあって、でもここじゃなくてオンライン上でも。今は大手しか手軽に買えるところしかないから。自前の食料自治みたいなのができて、マーケットの出店者さんのものや、ファームシェアの野菜をウェブ上とリアルで販売する場。それができてそれでもまわれへんかったらしょうがない。でもまだそこまでいってないから。オーガニックのものって奈良では買い手が少ないので、やっぱり大きな自然派系流通ところがシェアと力を持ってていってて。でも大きなところばかりが独占的に売れている状況は好きじゃない。

小國 
そういうプラットホーム作るのって大変ですよね。フォームというか、そういう作るってなったら、めっちゃ大変ですよね。

榊原 
だから完全に僕の力不足でコツコツいくしかない。。料理人の意識の水準も大事になってくるけど、街に
オーガニックを選ぶ人も少ないし、マーケットのお客さんも1か月のうちマーケットの日以外は違う経済圏にいてて。やっぱりもっと日常的に買ってもらえる、応援してもらえる場所、方法が必要やなと。もちろんマーケットの日はちゃんとみんなの気持ちがお金という形で回ってるのは間違いない事実で。ヤナスタさんのお客さんがマーケットに来てくれて。ヤナスタさんだけじゃなくてほかのところでも買ってくれて。そんな人が増えてきている。それぞれのお店のお客さんが混ざってきてる。でもまだまだ力が弱いんです。

船尾 
確かに、昔からいつも来てくださっている方に加えて、新しく通ってくださる方も増えました。

榊原 
何か突破したくていろいろやるんですけどね。でも今、若い農家さんがマーケットに来てくれて、ラストチャンスやと思ってます。でも若い農家さんがずっと付き合ってやっていってくれるかは、、
どうでしょうね。利益にならないところからは離れるでしょう。利益ももちろんあるし、それ以上のものもあるっていう提示をしたかったけど。マーケットに来て、1年出店して、何も残らないと悪いなと。経済的に採算は合ってほしいし、トントンであったら許してもらえるかなとか思うんですけど、利益がないのに「マーケットって気持ちは温かくなるでしょ?」とか言われたら嫌でしょ?(笑)消耗していくだけとか。若い農家さんたちは優秀やから自分でプロデュースしてどんどん新しい技とか繰り出していく。そうやってきてる人見てるんで。でもそれではどんどん本当の自分たちの足元が固まっていかないっていう側面もある。でも今出てくれてる農家さんはマーケット出店し続けてくれてるっていうのは、すごいこと。それはもともと仲良かった仲間もいてるからとかもあるやろうけど、でもいつまでもそれに甘えられないですね。

後藤 
すごい全体像がわかりました。

安川 
単純にマーケットと五ふしの草はわざと連動させてないんですか?連動させる道はなかったんですか?

榊原 
なかったですね。私的になるから。私的になりたくない。私的になるといろんな可能性も縮まると思う。そこは厳しくしたい。でも全く連動しないわけじゃない。ウェブサイトに関しては前は一切マーケットと五ふしの草が絡んでること絶対出さなかったけど、最近は「マーケットの向こう側」で絡ませたし。変わっては来てます。

安川 
何年か前にマーケットの出店者さん少なくなったとき、八百屋として出店してましたよね。
あの感じは今はちょっと違うんですか?

榊原 
最近はマーケットの共有物備品の出し入れとか出てきて、そこに八百屋の出店の準備も重なったら、もう結構おっさんしんどいんですよ、出店準備(笑)。でもマーケットで農家と八百屋が共存したいですよね。あったらいいなって思う。でもお客さんとしては、農家さんにないものを仕方がないから八百屋で買う考え方、公平さとリスペクトがない状態やからそれは無理かな。マーケットのお客さんの数とか野菜の売れ行きをみてたらそれはまだ無理かな。

小國 
疑問に思いつつも抜け出し方も分からず生活してるって感じてる人も多そうですね。
SNSでも情報があふれて垂れ流し状態で、どんどん流れていく生活そのもののスピードが、じっくり思考できる設計になっていない。今、少しでも立ち止まってみることが必要なのかなって思います。榊原さんのそういう哲学的な部分とかそういうところに惹かれて出店者も集まってる人も多いんちゃうかなと思います。お客さんでもそういうことを感じてる人もいてはると思います。

船尾 
榊原さんがおもろいからマーケットに出てる人もいますよ。利益とかだけじゃなくて。

安川 
それについてどう思います?

榊原 
いや、僕がアホやからちゃいますか(笑)負け戦がんばるアホ好きにはウケるんやろね(笑)

船尾 
榊原さんの頭の中ってどうなってんのやろ?と思って私は見続けてますけどね。榊原さんが思い描いている未来を見たいと思って裏方手伝ってる。

榊原 
僕も見たいです。米澤さんとかハト畑とかマーケットに戻ってきてくれて、若い農家の子もおって、ベテランもそばにいてて、お客さんの理解も進んで、農家さん同士が話して情報と技術を交換して、お客さんとも交流できて。ウェブサイトは形式的にはでもいいんですけど、ちょっとずつそこでも売れてみんなの人生の糧に変わって。。最近はいろいろがんばったおかげで京都とか和歌山の農家さんとみんなが繋がれたしね。いろんな農園に行く機会とか定期的に更新してたら、すごくいいなと思います。農的な道に行きたい人とかが常にどこかの農園にアクセスできる。お茶摘みやって、稲刈りやってとかそういうのができてほしいなと思ってます。大阪でマーケットやりたいっていうのは、そういうのも含めて形にしたいなと思ってます。靭公園とか、中央公会堂とかでファーマーズマーケットできたらいいなと。

船尾 
いいですね。

榊原 
マーケットに関しては悩みが楽になったことないです。ずっと葛藤と矛盾で来てるんですよね。それはいい加減捨てて、何か具体的なものを生み出して大人にならんなあかんと思います。

後藤 
でもそこがあるから魅力があるんだなっていう感じします。榊原さんに会ってから、ジャックファームとしてはすごい転機だったんで。ものすごく変わりました。今日のお話聞いて、新鮮で勉強になりました。

榊原 
ほんまですか。出会いってすごいですよね。もっといろいろいい出会いが増えたらいいですね。

船尾 
最後にみなさん感想というか一言いただけますか。

後藤 
これまで
15年も続いている本質的なNARA FOODSHED の魅力の源を垣間見させて頂きました。そこには、偽りの無い草の根運動として多くのご苦労がある働きの中で、より小さな立場に共感し、またそれぞれの個を大切にされる想いが、月に一度の街中で農を通して、人と人が出会い、学び育ち合う魅力ある空間を築くことに繋がっていることを感じずにはいられなかったです。 FARMERS MARKETから、この先どんな風景が見られるのか、更に楽しみになりました。ありがとうございました。

小國 
榊原さん、今回の座談会までにも沢山お話し聴かせていただきました。お忙しい中ありがとうございました。榊原さんは裏方気質ですよね。私は榊原さんの事を主催者、運営側という立場の人として見ていたなーって。そこに立ってる人の背景を理解しているようでまだまだ分かっていなかったなと。榊原さんが五ふしの草というオーガニックファームスタンドをやっていること、五ふしの草では
CSAをやっていて、その活動の中には日々の暮らしで何を選択していきますか?毎日どこに投票してしますか?っていう問いかけや思いがある。奈良フードシェッドのファーマーズマーケットは非日常のイベントなのではなくて、日常にあるもの。マーケットに集まる生産者さんと参加者とをつなぐ入り口だと考えてはるんだなと。マーケット、ファームスタンド、CSAが三位一体となって続いていくことが榊原さんの考える有機農業を支えるということなんだなと、全体像を初めて理解できた気がします。マーケットを非日常な場に留めないためにも、この全体像のことや榊原さん自身の思いがもっと広く伝わってほしいなと思います。私も生産者さんと参加者(お客さん)との間にいる者と思っているので、これからも五ふしの草さんと一緒に今できることを積み重ねていきたいと思っています。

安川 
私がNARA FOODSHED FARMERS MARKETに感じている魅力は「難解な榊原さんの思考」だと思っています。いや、思っていました。今回の座談会を経てほんの少し榊原さんのビジョンが見えたような気がしています。『売り手によし、買い手によし、世間によし』という近江商人の「三方よし」という経営理念もありますけど、有機農業を軸にして、関係するより多くのヒトモノコトに良い影響をもたらすための「未来志向」「持続可能」だったり「循環する交流」といった、より一層深みのある榊原さんの考えは「四方よし」または「八方よし」というのか、はたまた「シン・三方よし」なのか…。って思いました。
ヤナギモトスタンドは7〜8年NARA FOODSHED FARMERS MARKET に出店しているんですけど、たった7〜8年でも世の中は変化しまくりです。でも大切なところは決してブレることなく、種を蒔いて、育てて、収穫して、進化していくマーケットの「榊原一座」の一員として少しでもお役に立てればと思います。今回はありがとうございました。
あと、やっぱり思い出深い『有機農業映画祭』またやりましょう!!

 

 

 

 

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