
NARAFOODSHEDと五ふしの草の共同制作で連載。
食べることを深く知り、考え、作り手や届け手、食べ手の思いを聞く。
 街のファーマーズマーケットの出店者さんやファームスタンドの出荷農家を
 “水を運ぶ者(裏方スタッフ・シェルパ)”がガイド的に寄稿、連載するルポルタージュ「マーケットの向こう側」。
 小さな農を土台とした地域循環の中、
 マーケットや、地域の農家さん、関係する八百屋さん、繋がるいろんな作り手、食べ手の方々の裏側というか、
 奥行きに触れていただけたらと思います。
南山城村ハト畑の最終回で後編です。
/ 聞き手: 三宅翔子 / 写真:中部里保 /編集: 榊原一憲


ここの自分の畑をもっと美しくしたいな
 謙太郎 その頃は、農業と家庭菜園が別物って分かってなかったけどね。
 トマトを選んだのは、ここが昔から高原トマトってトマト栽培の盛んな地域だったから。
 近くに教えても良いよって言ってくれる人もいたんで。
 今はもう三件ぐらいしか残ってないんだけどね。
ー 畑をしていく中で、特にこだわっている部分はどんなところですか?
 謙太郎 やっぱり堆肥はこだわってますね、自分で作ったりして。
 僕がやってるのは有機栽培なんで、化学肥料は使わない。
 有機栽培では、有機肥料とかぼかし肥料とか、堆肥を使ったり…あとは全く肥料を使わないっていうやり方もあるんですけど。
 有機肥料っていうのは、鶏糞とか米糠とか、微生物分解が全くされてない生のもの。
 それをバーッと畑に撒いて使う。
 ぼかし肥料は、半生っていうか、微生物分解が一ヶ月ぐらいされたもの。
 堆肥は、微生物分解がしっかりされたもの。僕は昔、有機肥料でやってたんですよ。
ただ、そうするとね、雨が降ったりすると、肥料が結構腐ってきて…害虫とかアブラムシがワーッと湧いて、ひどくて。
 トマトの葉っぱにもいっぱい付いて…。
 それで、これはどうしようもないなと思って、堆肥の勉強を始めたんだよね。
 有機栽培でも、未熟な肥料を使うと腐敗してしまって、その腐敗したものが地下水に流れて、河川を汚染するなんてことも、無いことは無かったり。
 あんまり過剰な鶏糞とかを入れたりとか、畑自体がすごい臭いをしてるとか。
 たまにあるんですよ、おじいちゃんがやってる畑とか、畑自体が臭いなぁ…って時が。
 僕がやってるのは、完熟堆肥なんで、分解されるべき有機物を全部微生物分解させたもので。
 半年ぐらい熟成させたものを使ってます。
 それを撒くと、全然虫が湧かなくて臭いも無くて、初めはびっくりした!笑
ー 有機肥料でそんなに虫が湧くなんて、知らなかった。肥料によって、違いがそこまで顕著に現れるとは、とても興味深い。
 やっぱり学生時代に学ばれた地質学も活かされてるんですか?
謙太郎 いや、それは全然活かされてないですね。
 忘れちゃってるから。笑
 今、一から勉強中です。
ー その完熟堆肥は、初めは何をきっかけに知ったんですか?
謙太郎 和束のセミナーかな。
 無料セミナーがあってね、そこで教えてくれる人に出会って。
 そこから、ちゃんと教えてくださいって言って、色々やり始めたね。
 今はその堆肥について、色々な人たちに伝えていってて。

ー 謙太郎さんは、ご自身の畑以外にも、京都の和束町で完熟堆肥、和束コンポスト学校の講師も務められている。
謙太郎 今年で二回目かな。
 大体半年ぐらいかけてやっていくんだけど、学校みたいに何人か集まってもらって、僕が教える。
 来てくれて有難いね。僕自身もやってて面白いし。
ー 学校について話されている時の謙太郎さんからは、畑の話をされている時とはまた違った、力強さを感じた。謙太郎さんが、ふと、そう言えば…と口を開く。
謙太郎 この前のさ、パタゴニアのあれ(五ふしの草とパタゴニアの共同企画「農業の話をしよう」のクロストーク)、僕にとったら一つの回答だったんだけどさ。
すごい良かったよね。あれはすごかったと思う!もうなんかね、自分のやってることの方向は正しいなって。
 目標にすべきところだなと思った。人の成熟というのも、わかった気がするし。
山の話もね…この辺は冬は雪が降るから、僕は農業諦めて山仕事してるんですけど。
“伐り旬”っていう言葉も初めて聞いたけど、ちょっともう何それ〜と思って、ドキドキしましたね!笑
 普段から余程ちゃんと木のことを見てないとわからないだろうし、僕はチェーンソー持ってバンバン切っちゃうから。笑
 今まで自然農ってよくわからなかったんだけど、なんか初めてわかった気がするよ。
 自然農の良いところって、本当に汚染する物が何も無いってことだよね。本当に行って良かった!

ー 何度も何度も、すごかった!と仰っていた謙太郎さん。私自身もあの日あの場所であの話を聞いていたが、確かにとても濃い時間だった。
謙太郎さん自身は、今後やっていきたいことはありますか?
謙太郎 今後は、ここの自分の畑をもっと美しくしたいなと思ってますね。
まぁ、それは結果であって…自分が成長したい。人として熟成…もうちょっと大人にならないといけないなって。笑
いつも一緒にいるから、そういうところは計り知れないんやと思うし。
ー 畑の傍には、謙太郎さんが倉庫として使っている立派な建物があった。昔、茶工場として使われていた場所だそうだ。今はそこで、堆肥も作っているとのことで、見せていただいた。中には、毛布のような大きな布を被せられた、山のようなものがいくつかあった。

 謙太郎 最近様子を見てないから、どうなってるかな。
 これは、鶏糞とか米糠とかを混ぜていて、まだ成分が馴染んでないから、ここからまだまだ発酵させないといけないんだけれども、とりあえず一旦これでおしまい。
 発酵してるから、熱くなるんだけど、最初は60℃ぐらいが続いてました。
 あとは、何回か繰り返して、自分で混ぜないといけないですね。
 もう完全に冷えきっちゃったんで、また発酵させないといけない。
 来年ぐらいに使えたら良いかなって。
 ちなみに完成したら、こんな感じになるんですよね。
ー もう何が何だかわからない、ほぼ土!
謙太郎 こっちは、鶏のエサにしてるやつで、色んなものを放り込んでます。
 多分捲ると虫がワーッと出てくると思うので、捲らないけど。笑


ー ふかふかしていて、とても気持ち良さそうな堆肥だった。これが完熟堆肥!傍には鶏のエサも作られていた。
 ハト畑として、家族として、パートナーとして…謙太郎さんと里恵さんそれぞれに、お互いのことについても話を聞いてみた。
謙太郎 妻は、よく僕に付き合ってくれてるなって思う。
 金銭感覚もないし、計画性もないし…無茶苦茶なのに。笑
 あとは、子供の面倒をよく見てくれて、嬉しいです。
 真ん中の子が野球をやってて、こんなくそ暑いのにそれについて行ったりね。
 それから、料理も美味しい!仕事の面では、結構大変ですよ。笑
今は加工はもう全部任せてるんだけど、忘れ物や探し物が多くて…それが結構大変かな。笑
 最近は自分で取りに来るようになったけど。笑
ー 里恵さんはどうですか?
里恵 私も、謙ちゃんはよく我慢してくれてるなと思います。笑
 私は、本当によく忘れ物や探し物をするんですけどね。笑
 今朝も電話鳴らして!って言ってたんです。笑
 子供は高1、小6、小2って三人いるんですけど、子供からしたら良いお父さんやと思いますね。
 やっぱりこういう仕事やから、いつも一緒にいるから、そういうところは計り知れないんなと思うし。
 何か頼んだらやってくれるし、そういう柔らかさはあるかなぁ。
 なんやかんや、地域の人たちからも信頼されてるから、ちょこちょこした作業を頼まれたりしてて。
 やっぱり頼みやすいって重要じゃないですか。
あとは、まだ農家ちゃうんちゃうかなぁって思います。笑
でも、トマトの味はピカイチやと思ってますね!
ー 味は本当に!ピカイチです!
大学時代から長年連れ添ったお二人。謙太郎さんも里恵さんも、少し照れ臭そうに、でも嘘のないありのままの言葉で答えてくれた。謙ちゃんの作るトマトはピカイチ!と仰っていた里恵さんの言葉が、とても輝いていて素敵だった。周囲を山に囲まれた自然溢れる童仙房。
 そこで一歩一歩一途に農的暮らしをされている謙太郎さん一家。
 指揮者的な役割をすることが多いけれど、本当はプレイヤーになりたい!と話されていた謙太郎さんの言葉が印象に残っている。
 2012年からハト畑を始められ、変わらず日々を歩み進められて、もう10年以上。謙太郎さんが指揮者でもあり、プレイヤーでもあるからこそ、ここまでのハト畑の物語があるのではないかと思った。そして、これからもハト畑の物語は続いていく。
ちょうど村の分かれ道、謙太郎さんとも別れ、帰路につく。
 走り出して間もなく、激しい通り雨にあった。この夏久しぶりの雨だった。
 「謙太郎さん喜んでるやろなぁ。」と、運転手の榊原さんがぽつりと呟く。東の空、ちょうど童仙房の方面に、大きな虹が出ていた。

(ハト畑編おわり)
